移植医療について学んだことをつらつらと書き記す。
改正臓器移植法を知っていますか?
臓器提供しない場合でも脳死状態になれば死んだとみなされる?
臓器提供にはドナー(提供者)本人の意思表示が必要条件となっている?
臓器提供できる年齢は、、12歳以上である?
親子・配偶者間で臓器の優先提供が認められる?
脳死と植物状態は同じ状態だろうか。それとも違う状態だろうか。
コロナと移植はどう関係する?
答えは記事の中にあります。
様々な臓器移植
盛岡事件(1949)で 日本初の角膜移植。角膜移植法制定の契機となる。
現在の移植を取り巻く可否は
生体 → 否(角膜、心臓) 可(腎臓、肝臓) 部分的に可(膵臓、肺、小腸)
脳死 → 否(なし) 可(角膜、腎臓、膵臓、肺、肝臓、心臓、小腸)
心臓死 → 否(肺、肝臓、心臓、小腸) 可(角膜、腎臓、膵臓)
である。
(生体は膵臓や肺は部分移植が可能)
(肝臓は提供者側もおおよそ戻る)
(小腸も部分移植が可能)
昔は異種移植も考えられた(人間以外の臓器を人間に)
*1960年には,マントヒヒの心臓を人間に移植したが失敗した。
現在は豚の臓器について真剣に考えられている(膵臓、肝臓など)
現在は子宮移植についても考えられている
⇒しかし、生命に関わらない移植は必要なのか議論が分かれている
移植医療の歴史
・1936 ボロノイによる死体腎臓移植、36時間後死亡
・1940年代 メダワーによる拒絶反応の解明
・1954 生体腎移植の成功例(レシピエント8年生存)
(マーレーによる手術 /一卵性双生児) *拒絶反応を起こさなかった
・1963 免疫抑制剤アザチオプリンの登場 (⇒1978シクロスポリン)
→ 後に2010 「免疫寛容」療法による生体肝移植(北大)
・1966 移植医シンポジウムで 脳死移植報告(ベルギー)
・1967 脳死者からの心臓移植で18日間生存
(南アフリカ バーナードによる手術)
・1968 脳死を人の死とするハーバード基準の提案
・1981 大統領諮問委員会「死の判定統一法」の提案
*宗教的な理由で拒むこともできる
・欧米:1980年代に脳死と臓器移植に関する基準設置
委員長H.ビーチャ (タスキギーの告発のひと 記事「医療倫理の成り立ち」)
人の死をどのレベルで認めるかは、科学的というよりは社会的な選択の問題。脳は死んでいるが他の臓器はまだ使える段階を選ぶのが最もよい。
日本
・1968年 和田心臓移植事件(犯罪的脳死移植)
・ 1985年 脳死判定基準(竹内基準)
・ 1989年 生体肝移植成功(島根医大)
(腎臓移植の7割が生体移植)
・ 1992年 臨時脳死及び臓器移植調査会
・1997年 臓器の移植に関する法律
・2009年 臓器移植法改正(欧米並基準)
・2010年 7月に改正臓器移植法全面施行
脳死と脳死移植
人の死とは何か
日本の法律には、「死亡」についての明確な定義はない。
死亡の定義はもっぱら学説に依存する。
従来の死
従来の死:「心臓死」
→ これは死の”三徴候”がそろってなければいけない。
1:呼吸停止(肺)
2:拍動停止(脳幹・心臓)
3:瞳孔散大(脳幹) (+これらの徴候が不可逆的であること)
人における従来の死の受容の過程は
三徴候 → 埋葬 → 宗教的儀礼 → 遺族による死の受容
が主であったのだ。
新しい死「脳死」の登場
1960年代に生命維持装置が発達した
以前までは脳死から心臓死への移行期間が短くて
その変化は死の一連の過程とみなすことで同一のものとして扱えた
(つまり脳死を認識してなかった)
→ 医療の発達により脳死から心臓死の期間があくことで、脳死状態というものを発見した。
流れとしては
脳機能停止→生命維持装置下の昏睡状態→三徴候死
となる。
これにより臓器移植の選択肢が増えたが問題も浮上した。
流れで説明すると下記である。
脳死状態(数日~10日[例外あり])が起きる。
↓
臓器移植の可能性
↓
臓器移植のため、「脳の死=人の死」とする必要性が生じる
↓ (器質死から機能死へ)
家族はまだ息のある患者の死を受容しなければならなくなる
法律の問題と、心理的な問題である。
特にラザロ徴候が心理的受容にブレーキをかけることとなる。
ラザロ徴候:脳死者は脊髄系が生きているので、ふとした刺激により筋肉の収縮が起き、手足が動いてしまう。これがあたかも生きているように見えるのである。
(脳死者からの臓器摘出には、そのまま切ると動いてしまって手術がうまくいかないため、麻酔や筋弛緩剤を使用する。)
脳機能停止(脳死)とは何か
国によってどの定義を採用しているかが異なっている。
1、脳幹死 [中脳+橋+延髄](呼吸・血圧・心拍機能を司る脳幹の死)・・・英・ポルトガル・ フィンランドなど
2、大脳死
(意識・感覚を司る大脳の死)・・・理論のみ提起、 現在はまだ採用国なし
3、全脳死
(1+2+他の部位)・・・日本、米国(脳死拒否権を認める州もある)など多数
ちなみに、脳死と植物状態の違いはお分かりでしょうか?
脳死 = 全脳機能停止
植物状態 = 脳幹・(大脳)の機能が残存
日本脳神経学会に植物状態の定義(1972)がある。
脳死(全脳死) | 植 物 状 態 | |
自発呼吸 | なし | あり |
人工呼吸器 | 必要 | 必要としないことが多い |
血圧維持 | 不可能 | 可能 |
脳幹反応 | なし | あり |
脳 波 | 平坦 | 残っている |
意識レベル |
深昏睡 |
目でものを追うことがあっ ても、その認識は不可能、 簡単な命令(「手を握れ」)などに応ずることもある |
自力摂食 | 不可能 | 不可能 |
自力移動 | 不可能 | 不可能 |
経過 | 意識が回復することなく心停止に至る | 上記の状態が3ヶ月以上継続すると植物状態と呼ばれる。意識を回復することもある。 |
脳死の判定基準としては下記の基準があり一般的である。
〈脳死判定基準(竹内基準) -法的脳死判定-〉((全)脳死移植)
1 、深昏睡 [脳幹・大脳]
2 、瞳孔散大 [脳幹]
3 、脳幹反射消失 [脳幹]
4 、平坦脳波 [大脳]
5 、無呼吸 [脳幹]
(この検査は危険性があり(人工呼吸器を外して10分くらい置いてみる)本当は脳幹が機能してるのに息をしてない人はこれで誤って脳幹が死ぬこともあるため慎重に行われる。)
6 、不可逆性
(6時間[6歳未満の場合は24時間]以上の間隔をおいて【1~5】を2度確認する)
ドナー側から見た脳死移植プロセス
- ドナーは病気や事故で入院・治療中の患者
- 一般的脳死判定・臨床的脳死判定(上記1-4) 【法的にまだ死んでいない脳死状態】
※上記5の検査には危険が伴うため通常は行わない。 - 医師らが家族に臓器提供について説明
- 本人意志(拒否)の有無確認、家族の同意確認
- 移植コーディネーターを介した承諾書作成
- 治療可能性・除外例・生命徴候についての確認
※急性薬物中毒などで瞳孔が開いてる場合は脳死判定から外す - 法的脳死判定(上記1~6) 【法的にもう死んでいる脳死状態】
- 移植手術
- お見送り
現在、日本の脳死者数予測3000~8000人とも言われている。
臓器移植の問題点 -ドナー不足と法整備-
欧米をはじめとした海外
1980年代に「脳死は人の死」とする。
→当初は本人の同意表示を臓器提供条件としていたが、 臓器不足のために、条件をゆるめる方向へ
意思表示の方式の違い
オプトアウト:拒否表示なし(+家族の反対なし)
ヨーロッパ(スペイン、イタリア、ベルギー、オーストリア?スイス?など
オプトイン:同意表示方式だが、意思不明の場合は家族同意だけでよい
アメリカ、カナダ※、オーストラリアなど
※ アメリカ、カナダ⇒医師に臓器提供を求める法的義務
デフォルトを変えると意思表示の割合が変わる
特徴的な例が下記である。
日本臓器移植ネットワーク 「臓器提供の意思表示に関する意識調査」(2016)
・意思表示したいと思わない(24.4%)
・わからない(35.0%)
ここで、オプトアウトを導入すると、「意思表示したいと思わない」「 わからない」と答えた人たちも「提供に同意している」ことになる。
日本の臓器移植法
「臓器移植法」(1997)
1. 脳死は臓器移植を前提とする場合にのみ人の死となる(それ以外は心臓死が人の死)(死の定義)
2. 15歳以上(ドナーの条件)
3.本人意思+家族の同意(ドナーの条件)
4.移植ネットワークへの登録順と医学的適応(レシピエントの条件)
↓
脳死移植件数の伸び悩み
臓器移植法から12年間で、脳死移植は86件
↓
国際移植学会のイスタンブール宣言(2008)
臓器取引と移植ツーリズム(海外での臓器移植)の禁止
⇒WHO総会(2009)への影響懸念
↓
日本において臓器移植法改正論議が活発化
両院の16時間審議で臓器移植法改正
(通常は1法案30時間、重要案件100時間超ほどの時間をかける)
↓
WHOの改訂ガイドライン(2010承認)
・実際の改訂は、「臓器売買の抑制」が焦点
・海外渡航移植自体を規制・禁止するものではない。現在でも海外渡航移植は行われている。
(ただし、ドイツ、オーストラリアはイスタンブール 宣言 以後、外国人の移植を自粛)
「改正臓器移植法」(2009)
1, 「移植を前提とする場合」とする条件がはずされたが、実質的には改正前と同じ(死の定義)
2, 年齢制限無し (虐待の有無で変わる)(ドナーの条件)
3, 本人同意+家族の同意(ドナーの条件)
本人意思不明の場合は家族の同意のみ
4, 親族(1親等(親、子供、配偶者)への臓器の優先提供を認める(レシピエントの条件)
・臓器移植法第6条第1項目: 死体からは臓器移植ができ、脳死体も死体に含まれる
・第6条第2項目の主旨
改正前:脳死とは全脳死のことであり、臓器移植を前提とした場合、脳死者は死体である
改正後:脳死とは全脳死のことであり、脳死者は死体である
↓
ただし、ガイドラインでは、法的脳死判定ができるのは臓器移植を前提とする場合のみなので、事実上、現在でも脳死を前提としない場合は心臓死が人の死、前提とする場合は脳死が人の死
*アメリカは移植に関係なくてもどんどん病院の空きをつくるために脳死判定をしていく
残る問題点
子供の脳死移植の問題
児童・幼児臓器提供新ガイドラインの問題
・15歳未満の子どもの意思確認の問題
・6歳未満の子供の脳死判定基準の問題
・虐待死児童の特定の問題 など
家族同意の問題
・本人意思不明での家族同意における遺族の精神的負担
→ケアシステムを充実させる必要性がある
2010年の改正法施行からは家族同意による移植が増えている
親族優先提供の問題
・親族(1親等)優先提供を目的とした自殺の可能性
→指針では「自殺の場合は親族優先取り消し」だが・・・
・親族の死の判断についての葛藤
改正法(親族優先)そのものの問題
・WHOの臓器配分(公平・公正)規定と抵触
生体移植の問題
生体からの臓器移植:日本は生体移植が多い
→近年、米国でも増加、カリフォルニア州では腎臓の生体登録者制度の検討
生体移植の問題
- 厳密な法的ルールの不在、移植の適応、ドナー選択が各医療機関に一任、術後の第3者評価なし(義務がない)
- 健常者にメスを入れることの是非: 肝移植ドナーの半分が心身に不調
(朝日新聞2004.9.18) - 近親者への圧力(移植法指針、移植学会倫理指針)
- 臓器売買問題:
・国内→腎臓売買事件など
(ガイドライン強化: 倫理委員会が親族・第三者ドナーの身元を確認)
・海外→中国(死刑囚臓器利用)、闇売買:東南アジア、 パキスタン、南米、フィリピンの売買合法化
↓
イスタンブール宣言(2008)
→自国の臓器は自国でまかないましょう、ということ。
(日本の臓器改正法ができるきっかけとなった)
移植医療を巡るその他の問題
移植医療をどう見るか
移植医療は過渡的技術(Halfway-technology) :人の不幸を前提としている
(米国のドナーの40% = 不幸な事件の犠牲者)
↓
中長期的には臓器移植に代わる医療技術の見直し・進展が望まれる。
中期的:倫理的・経済的な問題の少ない治療技術の発展
→例 心臓(「拡張型心筋症」→「免疫吸着法」)
心筋梗塞→心筋再生医療 など
長期的:iPS細胞による拒絶反応のない臓器移植への期待
異種移植(?) (動物愛護からは問題視される可能性もある)
↓
今現在の問題として移植医療にどう対応すべきか
ドナー家族のケア:臓器移植についての教育 (納得感につながる)
→ 臓器移植をよく理解した人がドナー登録する形を作る
ドナー不足:脳死移植の提案・医療者→移植コーディネーター
(今はスペインが盛ん、各医療色の連携取り組みが強い。)
コロナ禍における臓器移植
NPO法人 日本移植者協議会より
コロナに合わせてアンケートがされております。
移植後の定期受診に影響があったり
免疫抑制剤の使用が影響しないかを心配したり
移植の有無がコロナの重篤化につながらないか心配されているようだ。
また、コロナにかかった時に移植ケア施設にそのままみてもらえるかも心配されている。
リンク内にはCOVID-19の移植医療における基本指針のリンクが示されている。
「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の移植医療における基本指針(日本移植学会 第4版:2020年5月29日)」
ドナーもレシピエントも無症状であっても、医師が必要と判断すればPCR検査を行うことができるとしている。
また文中には
「安全な移植のために脳死移植ではドナー候補者のPCRなどの核酸増幅検査が必須とされ、幸いにもドナーからの伝播は報告されていない。」
としている。
生体移植についても
「ドナー候補者とレシピエントは、状況が許せば移植予定日から逆算して 14 日間外出を 控え、自宅または医療機関で経過を観察することが望ましい」
「また、COVID-19肺炎の除外と術後肺炎時の対照とするためにドナー・レシピエントともに移植予定2日前以内に胸部CTを撮影しておくことが望ましい。」
と記載されている。
移植は多くの人が関わるため特に綿密な対策が必要だろう。
院内の感染対策の整備はもちろんのことながら、微々たる関わりであっても、重く受け止め細心の注意を払いながら移植をすすめなければならない。
そしてウイルスとの共生を考えた時に、これがスタンダードになりえることも考慮しておかなければいけないかもしれない。
おしまい。